オペラ熱 その1
19世紀のフランスはフランス革命の影響もあり初期の頃は低迷するがナポレオンはコメディ・フランセーズの劇団を再建し、劇場の復興にあたっています。
しかし、人々の関心は古典よりもメロドロマやオペレッタ、ヴォードヴィルにあった。
パリのオペラ熱は高く、パリ・オペラ座が建設されるまでパリにはイタリア劇場、オペラ・コミックなどの4つの劇場があり、それぞれ興業的に成り立っていました。
クリストフ・ワイキューブによると、オペラ熱ではロンドンも同様で、ドルリー・レーン劇場やコヴェント・ガーデン王立歌劇場を中心に興業が営まれたそうです。
とくにコヴェント・ガーデン王立歌劇場の場合、面白い経営形態をとったとのこと。
1808年にこの王立歌劇場が火事で全焼するが、再建に当たり総工費30万ポンドの内、5万ポンドは一口500ポンドの寄付を募ってまかなっています。